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青と黄色のあいだ

好きなものを好きなだけ

覚えていてもいいよ

日常

一週間前から喉の調子が良くない。

朝起きると全く声が出なくて、正直とても不安になる。声を失う恐怖というものを毎日毎日味わう。

声が出ないから家族に「おはよう」とも「いただきます」とも言えない。

こんな状態になって気付くのは、声が出ないことと、声が出るけれど喋らないことは本当に、全く違うのだということで、声が出せず自分の意思がうまく伝えられないと、自分というものがふわふわとする。

確実に、いまここにいるのに、なんとなくいないような気がしてたまらない。わたしの体は透けていて、目が合っているようでみんなわたしの向こう側を見ているような気分。

なんで、近い距離にあるものを大切だと思えずに、遠い距離にあるものばかり撫でたくなるのだろう。

わたしは声が出しづらい状況になってはじめて喋ることって大切だなと思ったけれど、このあと喉の調子が元に戻って、喋るだけでなく歌ったり叫んだりすることがいつも通りに出来るようになったら、きっとまた忘れてしまう。

人の頭はそんなにたくさんのことを覚えていられないし、毎日生きていくことだけで精一杯だし、忘れていくこともしょうがないのだと思うけれど、忘れてはじめて前に進めることもあるというのも分かっているのだけれど、それでもたまに、忘れることが切なくなったりする。

喋れることのありがたさは、多分、完璧に忘れ去ってもわたしは日々を不自由なく生きていけることだろう。

人生は忘れてもいいことだらけだ。

でもいいのかな、忘れても。忘れなくてはいけないのだろうか。

誰も覚えていてもいいよとは言ってくれない。

最近そんなことばかり考えています。