青と黄色のあいだ

好きなものを好きなだけ

縞模様のパジャマの少年

先日、「縞模様のパジャマの少年」を観ました。

映画が好きな人たちに結構前からおすすめされていて、でも映画の内容をちらっと聞いただけでもしんどそうだったから、ずっと見て見ぬふりをしていた映画。

 


縞模様のパジャマの少年

 

最初からこの親父が好かない。

で、観ていくうちにどんどん嫌いになっていく。

最後のシーンも、わたしからすれば"想像力が足りなかった"としか思えず、なんか冷めた感想しか抱くことができなかった。

 

 

8歳の少年(ブルーノ)が、フェンスの向こう側にいる同い年の8歳の少年(シュムエル)と出会って、フェンス越しに友だちになるんですけど、幼くて無知、というのは恐ろしい結果を招くということがあるんだな、と思って怖くなりました。

 

最後まで2人は、なぜ自分たちがフェンスによって遊ぶことを妨げられているのか、それを知らない。

知ったところで、それはそれでとても胸が痛むので、(彼らも、この映画を観ているこちらも)知らなくて良かったな、というところです。最終的には。

 

以前ツイッターかなんかに、「酷い現実を子どもに見せず、黙っている親」について書いた記憶があるんですけど、その時と同じような気持ちになって、怒りたいような、悲しいような、"なんとも言えない気持ち"に、今回もなりました。

わたしは酷い現実を親が子に、包み隠さずに伝えることは、確かに子どもにとっては酷だけれど、それ以上の悲劇をうまないために必要なことじゃないかと思っていて、ブルーノは親からも、姉からも、誰からも「真実」を教えられずに、「真実」を追って、ついにはフェンスの向こう側にいたシュムエルと手を繋ぐことが出来たけれど、それが結果として、ブルーノの家族側に悲劇を招く。

 

親が子のために黙っている、諸々のことを子どもが知ったとき、子どもは当然ショックを受け、時には傷つく。

けれどそれは、例えば親が癌だったことに対するショックよりも、そのことを死ぬ間際に知らされたことに対して、傷つくんじゃないかなと思います。

一番身近で、頼りにしている親や兄弟に隠されていたこと、子どもの信用の裏切りにも近い行為は、なによりも子どもの心を傷つけ、親に対して心を開きづらくさせる、気がします。

 

話は少し逸れましたが、わたしとしては、あまり人にすすめたくない映画でした。この映画に行き着く経緯が、人にすすめられたことではなく、自分で見つけることが出来た人は、なんだか幸運ではないかと思います。