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青と黄色のあいだ

好きなものを好きなだけ

永い言い訳、原作と映画ではかなり印象が違った

映画

映画「永い言い訳」を観ました。ずっと公開が待ち遠しかった映画だったので、期待も大きく、胸を膨らませ劇場に入ったわたしは、頭上にはてなマークを浮かべながら、逃げるようにして劇場を出ました。

全編通して、盛り上がりは非常に少ない。特報であらかじめ記憶していたユキオが叫ぶシーンも、全体を通してみればとても滑らかで、起伏の小さな山だった。

ところどころグッと胸に詰まるシーンがあるのは、西川監督の言葉選びの良さじゃないかなと思う。

映画という非日常が許される芸術の中で、永い言い訳はあまりにも日常的すぎて、面白味にかけていて、理解が容易い。

正直、ほとんどの人が面白くない映画だったと思うと同時に、確実にひとつ、何か得られるものがあったのではないか。

原作では「愛すべき時に、愛することを怠ったことの、代償は小さくない」と表現されていた場面は、「自分を愛してくれる人を、見くびったり、貶めたりしちゃいけない」と、映画の中では全く違う言葉で表現されていました。

本木雅弘がその台詞を言うシーンは、本木雅弘が本当に何かを失い、失ってあいた穴に振り回された挙句、自然に紡ぎ出された言葉のようで、西川監督の脚本の力と、本木雅弘の演技力が、かなり高レベルのものなのだなということが分かる。

そもそも、映画と演技があれほどまでに自然な作りで、日常的だと思わせられているところからして、高レベルなのだけれど。

結局、永い言い訳を観て思ったのは、これ映画っていうよりドキュメンタリーなんじゃないかなということ。

どこにでもありふれた物語で、感動の展開が先にあるという予測を裏切る、普通のドキュメンタリー。

そう考えてみたら、そもそも原作もフィクションであって、ノンフィクションだったのかもしれないなあ。