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青と黄色のあいだ

好きなものを好きなだけ

言えなかった言葉の根が腐る

今年も2月が終わろうとしている中で、突然ふっと「このまま一生、生きていくのだろうか」ということが頭の中に思い浮かび、すごくぞっとしています。

先日、友人と2人でお酒を飲んでいる時に、ぼそっと「最近、このままずっと、こうして、今の自分のままで生きていくんだと思うと怖い」とこぼしたら、場が暗くなりました。

そして「もう今の職に魅力を感じない。やりたいことだと思っていたけど、1年働いてみて“これは違う”と思った」続けて言うと、友人はこんなことを言いました。

「半年前くらいの自分がそうだった。でも私はすごく負けず嫌いだから、このまま中途半端な状態で逃げるようにしていなくなるのは嫌だと思った。それに何の貢献もしていない今のまま辞めると“ああ辞めちゃったね”って言われるだけ。辞めるんだったら何か爪痕を残してから辞めたい」と。

この友人は私の同期なのですが、この1年、彼女がいて良かったなと感じることがすごく良くあって、この時も曇っていた視界にひゅっと風を吹かせてくれたように感じました。

私にとって“このままの自分で一生、生きていくことが怖い”という心の不安に対する答えは見つかっていなかったから、誰かに話しても無駄だろうと思っていたのですが、この時ばかりは、自分の中に答えが見つからない場合は、誰かが答えを持っていることもあるのだなと心の底から思い、拙くても言葉にしてみて良かったなと思うことができました。

この時はこうして言葉に出来たけれど、言い止まっていたらどうなっていたんだろうと思うのです。誰かに言いたかった言葉を自分の中にずっと留めておくのは、正直辛く、長い時間をかけなければ消化することはできない。

でも私は今までずっとそれをやってきた気がします。否定されることが本当に嫌いだから、本音を言うことができずに、言わなければいけないこともずっと秘めてきていた。

けれど同期の彼女のように、否定するでもなくかといって全面肯定するでもなく、まっすぐに言葉を述べてくれる人もいることに最近、やっと気付くことが出来て、生きることが楽になって来つつある。

言わなかったことは、根っこがどんどん腐っていく。言えた言葉は綺麗じゃなくても、なにかしらの花を咲かせることだろう。

前までは腐らせることが1番良いと思っていたけれど、腐った根がどんどん溜まっていくと、花が咲く土壌ではなくなっていく。そうなってしまった時、また花が咲くような土壌を作るには、土をひっくり返し、腐った根を全てどかさなければいけない。

1つ1つの根を腐らせることは大したことではないかもしれない。ただ大量に腐った根を自分の手で取り除く時、本当に辛いのはその時だ。